大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和30年(う)593号 判決

控訴趣意第一点(原判示第三の所為が処罰価値なしとの主張をのぞく)について。

しかし、原判示第三の暴行の事実特に所論被告人が暴行の意思を以て遠藤勇に対して椅子を投げつけた点も、原判決挙示の証拠によりこれを肯認するに十分であつて、所論のように単なる外観のみによる推測ではなく、記録を精査しても原判決の右事実認定に過誤あることを疑うべき事由は存しない。

即ち、原判決援用の鈴木源市(原判決に鉛木源一とあるのは誤記と認める)の司法警察員に対する供述調書によれば、当夜その時原判示立野世話所には係員遠藤勇と坂下忠八及び鈴木源市の三人居たのであるが、被告人が「世話所が何んだ」と怒鳴りながら入つてきて、鈴木源市を払いのけて、遠藤係員を目がけて腰掛を投げとばした旨(四三丁裏)、坂下忠八の司法警察員に対する供述調書によれば、その時世話所には遠藤係員と鈴木源市及び坂下忠八が居て、遠藤係員が坂下の証明書を書いているところへ、被告人が「世話所の野郎めら、この野郎何ふざけたことをするんだ」と怒鳴りこんで来て、入口から入つた所に立つていた鈴木を払いのけるようにして、事務机を両手で揺すつたと思うと、そばにあつた腰掛を振上げて遠藤目がけて投げつけた旨(四八丁表)、、高橋トキ子の司法警察員に対する供述調書によれば、「その時被告人は原判示世話所で事務をとつていた係員遠藤に向つて「何んだ、世話所が何んだい、この野郎」と怒鳴りながら机を引つぱたいてから、そこにあつた椅子を両手で持上げ、遠藤目がけて投げつけた旨(三七丁表)、遠藤勇の司法警察員に対する供述調書によれば、その時遠藤が世話所の机の所で坂下忠八とも一人の人の事務の手続をしているところへ、被告人が酔つて入つて来て「世話所だなんて威張つていんな、出て来い」と凄い権幕で言つたが、とりあわないでいると突然椅子を振上げて遠藤目がけて投付けたので、打つけられては耐らないので、机をたてに椅子をよけると、又別の椅子を振上げて遠藤に投付けるのでよけるのに困つた旨(二六丁表)各供述しているのである。

右に徴すれば、その時の被告人の言葉と行為からみて被告人が遠藤勇に向つて椅子を投げつけ同人に対し暴行をなす意思であつたことを肯認するに十分である。被告人は本件所為をすれば附近の人も驚くであろうし、嬶の奴も心配するだろうと思つた旨弁解しているけれども(八八丁裏)、仮に被告人の弁解する如くであつたとしても、それは本件所為の動機ないし目的に過ぎないのであつて、それがために被告人に右暴行の意思のあつたことを妨げるものではなく、またその行為を適法ならしめるものではない。そして、所論椅子が相手方の体に当らなかつた事実は何等暴行罪の成立を妨げるものではない。けだし、暴行とは人に向つて不法な物理的勢力を発揮することで、その物理的勢力が人の身体に接触することは必ずしも必要でないと解すべきところ、本件において、右被告人の椅子を遠藤目がけて投げつけた行為は遠藤に向つて不法の物理的勢力を発揮したもの、即ち暴行をなしたものといい得るからである。

右の次第で、原判決には所論のような事実の誤認や法律の解釈適用の誤り等は存しない。論旨は理由がない。

(裁判長裁判官 鈴木禎次郎 裁判官 細野幸雄 裁判官 岡本二郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!